YKL-40(HC-gp39、CHI3L1とも呼ばれる)は、哺乳類キチナーゼであるキトトリオシダーゼ (CHIT1) と構造的に類似していますが、触媒モチーフに特異的な変異が入り、酵素活性を喪失しています。一般的に、酵素活性を失ったタンパク質は機能を果たさなくなるため、遺伝子の発現が抑制されるか偽遺伝子化すると考えられてきました。しかし、YKL-40 は疾患時に発現が顕著に上昇し、特にアルツハイマー病やがん、喘息などの炎症性疾患でそのレベルの上昇が注目されています。近年では、アルツハイマー病のバイオマーカーとして臨床検査に採用されており、その特異的な機能や進化的背景を解明することが急務とされています。
生命化学科の鈴木渓太さん(博士後期課程3年)と小山文隆教授らの研究グループは、YKL-40 が CHIT1 の触媒ドメイン (CatD) よりも強いキチン結合活性を持つ可能性を示唆する研究を発表しました (Suzuki et al.、 J Biol Chem、 300. 107365、 2024)。従来の評価方法では、キチン樹脂に結合したタンパク質を単一の溶出バッファー [8 M 尿素、2% SDS、2.5% 2-メルカプトエタノール] で処理することで、キチン結合タンパク質の存在を確認していました。しかし、この方法では、結合の強さや特異性を詳細に評価することができませんでした。
今回の研究では、3 段階溶出バッファーシステムを用いた新しいキチン結合アッセイを開発しました。この手法により、結合強度と特異性を段階的に評価できるようになり、従来の方法の限界を克服しました。新たなアッセイを活用して YKL-40 と CHIT1 のキチン結合特性を解析した結果、YKL-40 のキチン結合活性における W69 残基の中心的な役割が明確に示されました。特に、YKL-40 は分解活性を持たない一方で、高い結合特異性を維持しており、この特性が炎症性疾患における役割と関連している可能性が示唆されています。
図の説明:新規に開発した 3 段階溶出バッファーシステムでは、水素結合、疎水結合、ジスルフィド結合を順に切断することで、キチンへの結合強度と特異性を詳細に評価できます。これにより、従来の 1 段階溶出法の限界を克服し、タンパク質とキチンの相互作用をより詳細に解析することが可能になりました。
要旨(研究概要)はPDFをご覧ください。
<論文情報>
雑誌名:Molecules
論文名:A simplified method for evaluating chitin-binding activity applied to YKL-40 (HC-gp39, CHI3L1) and chitotriosidase
掲載号: Molecules. 30, 19 (2025)
URL: https://www.mdpi.com/1420-3049/30/1/19
発表者:工学院大学 先進工学部 生命化学科 生物医化学研究室
著者: Suzuki, K., Suzuki, H., Tanaka, A., Tanaka, M., Takase, K., Takei, H., Kanaizumi, T., Okawa, K., Bauer, PO., and Oyama, F.